平成18年8月25日 16:55 長女 弥優(みゆ) 2768g 誕生!

長男を江上助産院で出産してから3年。4歳違いで2人目を!と計画していた昨年の夏。
江上助産院閉院のハガキ・・・・。突然のことで次の子をどこで産めばよいのか頭が真っ白になりました。
まだ妊娠もしていないのに、産むところがないと暗くなっていました。
昨年12月。妊娠した事に気付いた時、どうしても先生に赤ちゃんを取り上げて欲しくて
「ダメ元で先生と連絡とれる様に江上助産院の時のヨガ仲間に連絡してみる!」と言った私に
主人が「自宅出産を引き受けてくれんかなぁ」とポツリ・・・。まさか現実になるとは!
先生と連絡が取れ、また先生とお産が出来ると喜んだあの日の事を今でもはっきり覚えています。
しかし今回の妊娠ライフは1人目の時と違い、赤ちゃんの事を考える余裕のないものでした。
仕事、母親の入院、主人のケガ、坐骨神経痛、逆子。毎月何かが起こる。
その度に先生に愚痴を聞いてもらい励ましてもらいました。32週の検診の日。
赤ちゃんの心音に波があるので一度県病で診察を受けてみる事になりました。
赤ちゃんの心臓の不安と何か1つでも異常がある時は自宅出産出来ないと言われたショックから
なかなか立ち直ることが出来ず家族にも心配をかけてしまいました。
佐枝子先生との出産をあきらめる事が出来ず、落ち込む私。
主人に「母子共に健康が一番、リスクは少なくしないと」と言われ県病での出産を決めました。
初めての診察、あまりにも何も教えてくれずかなり物足りなさを感じ「ああ、こんな時佐枝子先生だったらなぁ」と
毎回思っていたのが赤ちゃんに伝わったのか、38週の時に不整脈が出なくなり
県病の先生に「もう普通のお産と変わりませんね」と言われ、家に帰って主人に話したとたん
「じゃぁ、家で産めるんやない?」と一言。「そ〜だ、そ〜だ、やった〜ぁ!」
ギリギリになって願いが叶う事になりとても嬉しかったです。
佐枝子先生に電話した時も「今までいろんな事があったけど一緒に頑張って来たもんなぁ」と言われた時
先生と家族の支えがあったからこの10ヶ月間頑張れたと改めて思いました。
39週の診察の日、内診して「まだまだやなぁ。このぶんだと9月に入るかも」と言われちょっとガックリ。
腰と恥骨の痛みもあったので芦刈先生に診てもらった時、陣痛のツボにシールを貼ってもらいました。
芦刈先生は26日から講習があるから大分にいないと言ったので
「佐枝子先生と二人に見守られて産むなら25日までやね」なんて笑っていたら本当になってしまいました。
しかし2人目を出産というのに、陣痛に気付かず、25日の昼過ぎまで主人と買い物をしていた私。
「痛いなぁ」と思いながらも「いや、陣痛はもっと痛かったはず」と勝手に思い込み
やっぱりおかしいと気がついたのが15:00過ぎ。
佐枝子先生に電話してからもまだ産まれる訳が無いとお風呂に入り
体をさっぱりさせて出てくると「お湯の準備しといて、って連絡があったよ」と主人。
「え〜、産まれるかなぁ」と二人でびっくり。それから少しして激痛と出血、慌ててトイレへ。
その時佐枝子先生の声が聞こえたのです!「先生、トイレに来て〜!産まれる〜!!」
と思ったのが通じたのか先生が「大丈夫?痛いんやろ??」とトイレに来てくれたので
「先生、産まれる!」と一言。今考えてみると先生は本当にびっくりしただろうなぁと反省しています。
布団まで移動して3回いきんで出て来た長女弥優・・・・・
「あ〜、産まれた」とすっきり顔で後ろを振り返ると汗だくの佐枝子先生と主人・・・
長男にも見せてあげたかったのに間に合わず・・・本当に皆をバタバタさせてしまいました。ごめんなさい。
私たち家族の願いだった自宅出産。長男の時も育児にがんばった主人。
今回は食事、買い物、長男の世話など本当に良く頑張ってくれました。とても大変だったと思います。
心から感謝し「ありがとう」と伝えることが出来ました。こんな幸せを味わえたのは佐枝子先生のおかげです。
本当にありがとうございました。弥優が大人になり出産する時は、佐枝子先生よろしくお願いします!
お体に気をつけて、お仕事頑張って下さい。
P.S.先生の声が聞きたいなぁと思う時は電話させてもらいます。私の一番の癒しになるので・・・